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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2161号 判決 1955年6月19日

大阪市北区中之島三丁目三番地

控訴人 株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役 信夫韓一郎

右訴訟代理人弁護士 岩田宙造

同 伊達利知

同 芦苅直巳

東京都港区芝公園六号地の一

被控訴人 中央労働委員会

右代表者会長 中山伊知郎

右指定代理人 佐々木良一

右当事者間の当庁昭和二七年(ネ)第二一六一号命令取消等請求控訴事件につき、当裁判所は昭和三十年四月十五日終結した口頭弁論にもとずき、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

当裁判所は、当審における当事者の主張並びに新たになされた証拠調の結果を斟酌するも、結局左記の点を附加する外は、原判決理由に説示するところと同一理由によつて控訴人の本訴請求を失当として、棄却すべきものと判断するから、右原判決の理由をここに引用する。

当審における双方当事者の主張並びに新たな証拠調の結果に鑑み、当裁判所は以下数点につきその見解を附加することとする。

本件において控訴人が特に当審で強調するところによれば、その主要な争点は一、被控訴委員会昭和二十五年不初第六号の二朝日新聞社不当労働行為事件において労働組合法第二十七条に基ずく申立をした控訴会社従業員小原正雄、同梶谷善久の両名が、昭和二十五年七月十八日附連合国最高司令官より吉田内閣総理大臣宛書簡(以下単にマ書簡と略称する)による指令に所謂「共産主義者またはその支持者」に該当するや否や。二、若し該当せずとするも、右指令による義務の履行としてなされたという右両名に対する控訴会社の解雇措置が、不当労働行為を構成するや否や。の二点に帰着するものと考えられる。

一、先ず前者即ち控訴人当審主張の前掲事実摘示第二の(A)及び(B)について。

控訴人が、前記小原及び梶谷の両名を前示指令に所謂共産主義者またはその支持者に該当すると認めた根拠として主張する具体的事実の有無及び右認定した具体的事実を基礎として右両名を共産主義者またはその支持者と認定するを相当とするや否やについての判断は、当裁判所の引用する原判決の理由第四の二、(一)ないし(三)(原判決三十七頁三行目から五十頁八行目まで)に詳細説示するとおりであつて、この上更に附言する要もないと思われるが、控訴人は当審でこれら事実の認定について論難するところがあるから、その主張にしたがつて当裁判所の見解を述べる。

(A)  梶谷関係

(1)梶谷が大阪商科大学を退学するに至つた理由が、同人の共産党活動に参加のため検挙されたことに起因することは、被控訴人の争わないところであるが、後に至つて復学を許可されたのは、控訴人主張の如く専ら同大学の教育的見解に基ずくにせよ、昭和七年頃の共産主義弾圧の時代的背景の下にあつて復学を許可されたこと自体に徴してもその思想的傾向が将来も危険視される程のものでもなかつたことを裏書するものというべく、いずれにしてもこの事件は既に十数年を経過した過去のことに属し、これを以て本件解雇当時同人が共産主義者またはその支持者なりと断定するに適切な資料となるものではない。

(2)  梶谷が所謂五、三〇事件に際し大西兼治等のため救援運動をした経緯については、原判決理由第四、の二、(二)の(ヘ)及びその前後段(原判決四十六頁二行目以下四十八頁九行目まで)に説示するとおりであつて、当審提出の原本の存在及びその成立に争のない乙第十二号証の一のロ、ホ、及び同第十二号証の二のハの供述記載は、また以てこの認定を支持するに足り、控訴人提出援用のすべての証拠を以てするも、右認定を覆してこの点に関する控訴人の主張を肯定することはできない。要するに梶谷の右救援活動の事実を以て、直ちに共産党の活動を支持支援する意図に出でたもの、即ち同人を共産主義者またはその支持者と断定するに足らないものというほかはない。

(B)  小原関係

(1)昭和二十三年十二月の改造社争議に関する総司令部新聞課長インボデン氏の警告に関し、原判決は「……同少佐が報告書を手にして、改造社の争議について控訴人主張の如く小原を非難し同人を共産党員なりと警告し暗にその処置を求めたこと」を認定したが(原判決四十頁(ハ)参照)、同氏の右言明の当否を判断するに足る具体的資料のない限り、右言明を以て直ちに小原を共産党員と認定するに足るほどの心証を惹起するに由ない旨判断していることは、控訴人の指摘するとおりである。しかし控訴人主張の如くいかに占領下にあつた当時の情況の下においても、単に右警告において控訴人主張のような事実を指摘告知されていたというだけでは、直ちに右警告の内容が真実に合致するとする適切な資料ありと解すべき何等の根拠とはならず、しかも本件において右警告の内容が真実であると判定するに足る資料の徴すべきものはないのであるから、右警告の一事を以て小原を共産主義者またはその支持者と認定するに足る証拠となるものでもない。

また控訴人は、前示インボデン警告に指摘された事実は、本件マ書簡の完全実施という至上命令の履行に当り、当然控訴会社を拘束すべきものと解すべきであるという。しかしインボデン警告は昭和二十三年十二月のことに属し、前示マ書簡の発せられたのは昭和二十五年七月である。両者は時期的にみて相当の隔りがあるのみならず、マ書簡及びこれに伴う占領軍当局の指示においては「共産主義者またはその支持者」なりや否やの認定は、経営者の自主的判断に委されていたことは、原判決の認定するとおりであり、この指示において前記小原が特に右に該当する者として指名されたという何等の証拠もない本件においては、前示インボデン警告があつたという一事を以て、控訴会社がマ書簡の指令実施に当り右小原に関する限り、右自主的判断の自由もなく、当然これが拘束を受けるものと解すべき根拠となし難い。そして本件解雇後インボデン氏がその措置に満足の意を表した事実があつたとしても、この解釈を左右し得るものでない。

その他控訴人はインボデン警告に関し「控訴会社が小原の取材活動あるいはその思想的傾向について総司令部と見解を異にしていたことを推認するに難くない」との原判決の説示を挙げて論難するところあるも、原判決はどこにもかような説示をしていない。右は恐らく前記小原外一名を相手方とする当庁昭和二十七年(ネ)第二一六二号事件の原判決の説示に対するものと考えられるが、これに対する当裁判所の見解は同事件の判決理由の説示に譲り、本件においてはこれに言及する限りでない。

(2)また原判決は、東宝事件、NHK事件に関し小原のとつた言動に対し、控訴会社が当時直ちに反対ないし忠告をしなかつたとか、或は小原の取扱つた記事自体のみを基礎として、両事件に関する小原の言動を以て共産主義者またはその支持者と認められないと判断したものでないことは、その判文に照らし明らかであるから、これらの点に関する控訴人の主張は当を得ない。

二、控訴人当審主張の前掲事実摘示第一の(一)ないし(四)について(マ書簡の指令に対し控訴会社のとつた実施措置と、不当労働行為の成否)。

原本の存在並びにその成立に争のない甲第三十八号証の一、二、同号証の四、第三十九号証の一、二(控訴人当審提出)によれば、昭和二十五年七月十八日附のマ書簡による指令があつた後間もなく同月二十四日、控訴会社外他の報道機関の代表者等が総司令部に出頭を命ぜられ、係官より公共の報道機関から共産主義者またはその支持者を排除すべきことは、右書簡の趣旨であることを示唆せられ、右共産主義者またはその支持者なりや否やの具体的判断は、経営者の自主的判断に一任するも、右指示に基ずく解雇の処分は早急に実施すべき旨強く要請せられたこと、かような客観情勢の下にあつて控訴会社においても、急ぎ資料を蒐集し役員会の議を経て、前示梶谷、小原の両名も右指令に該当するものとして解雇処分に及んだことの経緯は、これを窺知し得られるが、原判決も説示する如く、形式的には右指令に基ずく解雇とされていても、その自主的判断を誤り、客観的にみて右指令にいう共産主義者またはその支持者に該当しない者を解雇したことは、前示指令の履行の範囲に属するものと解し得ず、従つて本件において前示梶谷、小原の両名が右該当者に当らないと判定される以上は、この点に関する控訴人の自主的判断の如何にかかわりなく、これに基ずく解雇の効力については日本国内法規の適用を排除するものでないこと当然である。

そして控訴人が前記両名を解雇するに至つた直接の理由は、形式的には右両名が右指令にいう共産主義者またはその支持者に該当すると謂うにあるも、当裁判所の引用する原判決認定の諸般の事実(原判決理由第四、の三の(一)ないし(五)原判決五十二頁十行目以下五十六頁八行目まで)及び右認定事実と関連して種々説示しているところによれば、控訴会社が右両名を前示指令に該当するものとして解雇した所以のものは、単にその共産主義者またはその支持者なりや否やについての自主的判断を誤つたに因るものとのみは解し得ず、同人等の労働組合における正当な活動を、その主要な根拠としてなされたものと推認するに難くないから、右解雇を目して不当労働行為と認定するのが相当である。

当審でなされた新たな証拠調の結果を斟酌するも、この判断を左右し得ない。

以上説示の理由により、控訴人の本訴請求を理由なしとして排斥した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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